カンヌ国際映画祭はじめ、各国で数々の栄誉に輝くメキシコ人監督ミシェル・フランコが、2015年に発表した問題作『或る終焉』。
ティム・ロスが主演し、やはり同映画祭では見事、脚本賞を受賞しました。
本記事では、同作のキャスト、ネタバレ含むあらすじなどの紹介にくわえ、個人的感想を交えてレビューしたいと思います。
第68回カンヌ国際映画祭で絶賛された『或る終焉』
死を間近に控えた末期患者などの訪問看護を担う看護師の葛藤と苦悩を描く2015年の映画『或る終焉』。
世界的に注目されているミシェル・フランコが監督および脚本を手掛け、その才能にほれ込んだ名優ティム・ロスが自ら申し出て主演しました。
カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリに輝いた前作『父の秘密』に続き、再び、同映画祭の最高賞パルムドールノミネート、脚本賞受賞に至った秀作です。
■原題「Chronic」の意味とは?
邦題『或る終焉』の原題は「Chronic」。
「慢性的な」の意味で、主に医学的に使用され、病気の進行が進んでいながら治療の難しい段階のことを「chronic stage」と呼んでいます。
つまり、主人公デヴィッドが看護する、死を迎えつつあったり、寝たきりとなった患者たちの状態を表現していると言えますが、実はデヴィッド自身の内面をも指しているのです。
■ミシェル・フランコ監督について
ミシェル・フランコは、1979年8月29日、メキシコシティ生まれのメキシコ人監督・脚本家・プロデューサーです。2001年、政治汚職をテーマにした短編映画で監督デビュー。長編第1作となった2009年の『ダニエルとアナ(日本未公開)』がカンヌ国際映画祭に出品され、注目を集めました。
2012年の長編2作目『父の秘密』で、カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリを受賞しますが、その時の審査委員長がティム・ロスでした。3作目となった本作でカンヌ国際映画祭脚本賞、4作目となった2017年の『母という名の女』は、カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞を受賞するなど、カンヌの寵児とも言われています。
視聴者の想像のさらに上を行く衝撃の展開と、独特のバッドエンドが特徴。
2020年公開の『ニューオーダー』も大きな話題をよび、ヴェネツィア国際映画祭審査員特別賞を受賞しましたが、残念ながら、その後の長編監督作『Sundown』『Memory』などは日本未公開です。2024年現在、新作『Dreams』を製作中です。
『或る終焉』のあらすじ<閉じページにネタバレあり>
デヴィッドは、余命わずかや寝たきりとなった患者の自宅ケアを行う訪問看護師。プライベートの時間は一人ジョギングにいそしむか、疎遠になった娘ナディアをSNSや遠くから眺めるだけの孤独な中年男性です。
AIDS患者のサラを献身的に看護し、死後処理のあとには葬儀にまで参列しますが、遺族との会話や接触などは頑なに拒否。それなのに、バーではサラのことを妻だったと嘘をつくなど、何やら深い闇を抱えています。
続いて派遣されたのは脳卒中で寝たきりとなった建築家の老人ジョン。しかし、その看護が献身的過ぎたことから、誤解したジョンの家族からセクハラを疑われ、解雇されてしまうのでした。
仕事を失ったデヴィッドは、思い切って大学で医学を学ぶ娘のナディアと対面します。実は、デヴィッドにはナディアの他、若くして死んだ息子ダンがいたこと、またおそらくそれがきっかけとなり、妻と離婚していた事実が明らかになります。
昔勤めていた派遣事務所のボスに頼み込み、新しい患者を紹介してもらいます。末期がん患者のマーサは、デヴィッドがセクハラで解雇されたことなどその過去を知っていました。化学療法の副作用と転移に絶望したマーサは、ある日、安楽死の手伝いをしてくれるようデヴィッドに懇願……。
マーサとの会話から、実はデヴィッドが、息子ダンの死にも、おそらく安楽死という形で関わっているらしいことがそれとなく暗示されます。
デヴィッドは、いったん拒否しつつも、結局はマーサの願いを受け入れます。事務的なぐらい手慣れた動作で、マーサの安楽死の手助けし、その後、何もなかったかのように、次に担当することになった車椅子の青年の世話をするのでした。
しかし、いつものように住宅街の歩道をジョギングしていたデヴィッドは、差し掛かった交差点で左方向からやってきた車に轢かれ、唐突な死を迎えます。
信号は赤、しかもその直前、明らかに安全を確認する視線を左側に送っており、自ら死を選んだとも解釈できる曖昧な結末で、映画は終わります。
『或る終焉』の主要登場人物5人とキャスト
①デヴィッド/ティム・ロス
心に深い傷を抱える訪問看護師が本作の主人公であるデヴィッドです。当初、女性を想定して脚本が執筆されましたが、『父の秘密』を観たティム・ロスから熱烈なラブコールを受け、男性看護師に書き換えられたキャラクターです。
イギリスが誇る名優の一人ティム・ロスの代表作には、『レザボア・ドッグス』、英国アカデミー賞助演男優賞を受賞した『ロブ・ロイ/ロマンに生きた男』、様々な賞に輝いた大作『海の上のピアニスト』などがあります。
本作に続き、ミシェル・フランコ監督の次回作『母という名の女』ではプロデュースを担い、『Sundown』では再び主演を務めました。
私生活では、二度の結婚であわせて3人の息子がいますが、2022年に、25歳の三男をがんにより亡くしています。
②サラ/レイチェル・ピックアップ
やせ衰えたAIDS患者のサラをイギリス人女優のレイチェル・ピックアップが演じました。
名優ロナルド・ピックアップを父に持つレイチェル・ピックアップは、テレビドラマや舞台でめざましい活躍をみせる実力派女優です。映画では、本作の他、2017年の映画『ワンダーウーマン』のファウスタ役などがあります。
③ジョン/マイケル・クリストファー
脳卒中を起こして寝たきりとなった建築家の老人ジョンをマイケル・クリストファーが演じています。
マイケル・クリストファーは、俳優のみならず劇作家・脚本家の顔を持ち、1977年には執筆した舞台『The Shadow Box』は、トニー賞とピューリッツァー賞戯曲部門をW受賞しました。同作は後に『ポール・ニューマン/遠い追憶の日々』の邦題で映画化もされています。
脚本を手掛けた映画には『恋に落ちて』や『イーストウィックの魔女たち』などがあり、俳優としては、大ヒットテレビドラマ『MR. ROBOT/ミスター・ロボット』のフィリップ・プライス役が有名です。
④マーサ/ロビン・バートレット
ガンの化学療法による副作用に苦しみ、デヴィッドに安楽死を懇願する初老の女性がマーサです。
演じたアメリカ人女優ロビン・バートレットは、数々の映画・テレビドラマ・舞台の名バイプレーヤーとして活躍する実力派女優です。日本でもよく知られた出演作品には、テレビドラマ『あなたにムチュー』や『アメリカン・ホラー・ストーリー』のシーズン2および3、映画『ハリウッドにくちづけ』や『月の輝く夜に』、『フェイブルマンズ』などがあります。
⑤ナディア/サラ・サザーランド
大学で医学を学ぶデヴィッドの娘がナディアです。
演じているサラ・サザーランドは、『24 -TWENTY FOUR-』で知られるキーファー・サザーランドの娘です。2012年ごろより女優として活動し、大ヒットテレビドラマ『Veep/ヴィープ』のキャサリン・マイヤー役が有名です。
『或る終焉』の考察・感想レビュー
カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した『或る終焉』。
主人公は、重篤な患者の在宅ケアを担当する看護師のデヴィッド。
淡々と手際よく患者の世話をし、ときに最期を看取り、死後処置をする。仕事以外は、ジムで汗を流すか住宅街をジョギング、ときにバーで一杯煽るだけの孤独な日常である。
素人目には文句のつけようのない献身ぶりとストイックな生活だが、それでも、何やら違和感が拭えない。あらゆる他者との関係性がどこか歪である。少しずつわかってくるのは、デヴィッドの背負う過去と、それに関係する心の深い傷だ。
デヴィッドは息子を亡くした喪失から離婚し、以来、元妻や娘とは疎遠、ひとり孤独に生きてきた。遠くから娘の成長を眺めるぐらいで、どうやら未だ全く立ち直っておらず、現実を直視していない。そのことが、皮肉にも、看護の仕事を容易にしているようにも見える。あるいは、息子を死なせてしまったことに対する贖罪の行為なのかもしれない。
そんな現実感の希薄な献身は、それゆえ、ときにルールやきわどい一線を越えかけて、患者の家族から誤解されるはめになってしまうこともある。
患者の汚物を躊躇なく処理することができても、ジムで真新しいタオルにスタッフが軽く触れたことさえ許せない。
バーの隣に座った他人や図書館の事務員に、平気で患者にまつわる嘘をつく。
明らかに、精神的なバランスを失っているのである。
本作において、もう一つの重要なテーマは、人間の死についてである。
まもなく訪れる死、自ら選ぶ死、唐突に奪われてしまう死、奪う死……。ここには、様々な形の死があり、それらは何らジャッジされることなく、同列で、物語の中に提示される。
我々観客はただ、その傍観者となるだけだ。いかに解釈するか、完全に委ねられたまま。
自分は、不条理や残酷さというより、どういうわけか、ある種の救いを見た。
主人公を演じたティム・ロスの抑えた演技が秀逸。また、死を前にした患者を恐ろしいほどのリアリティで演じた3人の役者陣の圧巻の演技にも心揺さぶられた。
『或る終焉』が気に入った方はミシェル・フランコの他の作品もおすすめ!
『或る終焉』の展開と衝撃な結末が気に入った方には、ぜひ、ミシェル・フランコの他の作品を鑑賞することをおすすめします。
前作『父の秘密』はもちろん、本作に続く『母という名の女』や『ニューオーダー』も、『或る終焉』に劣らぬバッドエンディングで、きっと気に入るはずです。
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*本ページの情報は2024年11月時点のものです。最新の配信状況はU-NEXTサイトにてご確認ください。