「ボール」と呼ばれるコンテストに集う、ゲイやトランスジェンダーたちのなまなましい現実を描いた1990年の傑作ドキュメンタリー映画が『パリ、夜は眠れない。』(原題:Paris Is Burning)です。
本記事では、映画の概要に触れたあと、登場した主要人物7人の、波乱にとんだ映画のその後について詳しくご紹介したいと思います。
あわせて、ル・ポールやドラマ『POSE/ポーズ』との深い関係など、LGBTQやサブカルチャーに与えた多大な影響についても触れています。
ル・ポールにも影響を与えた傑作ドキュメンタリー『パリ、夜は眠らない。』
■あらすじ
1987年、ニューヨークのハーレム。
黒人やラテン系のゲイやトランスジェンダーたちが、小さなホールに集まり、「カテゴリー」と呼ぶ毎回決められたテーマのファッションやスタイル、ダンスを競い合います。
彼らは、自分たちのコミュニティを「パリ」と呼び、ほぼ家族も同然の「ハウス」と呼ばれるチームに所属しながら、リーダーである「マザー」のもとで寝食を共にします。
本作は、さまざまな「ハウス」のマザーやメンバーたちへのインタビューを軸に、貧しいながらもプライドを持って生きるマイノリティーたちのなまなましい姿に迫ります。
■監督ジェニー・リヴィングストン
ジェニー・リヴィングストンは、1983年にイェール大学卒業後、ニューヨーク大学で映画製作を学びました。その授業の一環として80年代半ばに撮影されたのが本作です。
サンダンス映画祭審査員特別賞を受賞するなど、一躍世界的に注目を集めた一方、多くの出演者たちからはやたらネガティブな側面ばかりが強調されていると批判されたこともあります。
■LGBTQなどサブカルチャーへの影響
ヴォーギング・ダンスが、本作によって初めて広く知られるようになったことは有名です。
また、ドラァグクイーン界のスーパースター、ル・ポールも本作に大きな影響を受けたことを公言。人気番組『ル・ポールのドラァグ・レース』は、カテゴリー別に競う「ボール」のコンテスト形式から着想を得たものです。
ライアン・マーフィー製作のドラマ『POSE/ポーズ』は、本作をモチーフに、この当時の「ボール」シーンをドラマチックに描いたものです。オマージュ的なシーンが多くあり、また実際の出来事をもとにしたエピソードがふんだんに盛り込まれています。
『パリ、夜は眠らない。』主要キャスト7人のその後と『POSE/ポーズ』との関係
上記の集合写真には、以下の7人のうち、ヴィーナス・エクストラヴァガンザを除く6人が写っています。
1. ドリアン・コーリー(Dorian Corey)
化粧しながらインタビューに答える形で登場する、ふくよかな大御所トランスジェンダーがドリアン・コーリーです。
ドリアン・コーリーは、1937年、ニューヨーク州バッファロー生まれ。地元百貨店のウィンドウ装飾の仕事をしたあと、ニューヨークのパーソンズ・スクール・オブ・デザインでファッションを学びました。
1960年代は、有名なキャバレー・ショーのメンバーとして全米ツアーをしたり、自身のレーベル名でファッション・デザイナーとしても活動したりしていました。「ボール」では、「ハウス・オブ・コーリー」を設立し、有名マザーとして名をはせています。
1993年8月29日、AIDS関連症候群により56歳で死去。その死はニューヨーク・タイムズ紙でも報じられるほどでした。しかし、コーリーの死後、頭部を銃で撃たれた遺体がコーリーの持ち物の中から発見されます。死後約15年経過した遺体は、暴力的だったコーリーの元恋人であり、自衛のため殺害した可能性が高いことが報じられました。
2. ペッパー・ラベイジャ(Pepper LaBeija)
💋 Paris is Burning 🏳️🌈 Jennie Livingston’s seminal documentary about the drag-ballroom scenes of Harlem NYC in the 1980s, where its young African American & Latinx flamboyantly celebrated an LGBTQ culture that at the time was never visible in the media🎟️👉https://t.co/R3H1D1FAfq pic.twitter.com/qyV7v5RwJC
— Cork International Film Festival (@CorkFilmFest) October 30, 2020
「ハウス・オブ・ラベイジャ」の大御所マザーとしてインタビューに答えるペッパー・ラベイジャは、1948年、ニューヨークのブロンクス生まれです。
20年間マザーとして君臨し、「ハーレム最後の女王」とも呼ばれていました。
2003年5月14日、糖尿病により54歳で死去しています。
3. ヴィーナス・エクストラヴァガンザ(Venus Xtravaganza)
映画の撮影中に急死するまだあどけなさの残る若いトランスジェンダーの少女がヴィーナス・エクストラヴァガンザです。
1965年、ニュージャージー州ジャージーシティ生まれ。1983年に「ボール」に参加し、「ハウス・オブ・エクストラヴァガンザ」のメンバーとなりました。
1988年12月21日、ニューヨークのダッチェス・ホテルの客室で、死後4日経過したヴィーナスの遺体が発見されます。まだ23歳でした。絞殺によるものでしたが、犯人はつかまっていません。
4. オクタヴィア・サンローラン(Octavia St. Laurent)
スーパーモデルに憧れる美しいトランスジェンダーとして登場するのがオクタヴィア・サンローランです。
1964年、ニューヨーク・ブルックリン生まれのオクタヴィアは、1982年に「ボール」に参加し始めました。本作のほか、やはりボール・カルチャーを追った2006年の映画『ハウ・ドゥ・アイ・ルック』にも出演しています。
HIV陽性を患っており、後年はコネティカットに移ってHIVの啓蒙活動にも積極的に関わっていました。2008年にガンを患い、闘病の末、翌年5月17日に死去しています。
5. ウィリー・ニンジャ(Willi Ninja)
映画の中で「ヴォーギング」を紹介し、有名になりたいと夢を語るゲイのダンサーがウィリー・ニンジャです。
1961年、ニューヨーク生まれのウィリー・ニンジャことウィリアム・ロスコー・リークは、本作ののちすぐ、マルコム・マクラーレンのミュージックビデオ『ディープ・イン・ヴォーグ』に出演。続いてマドンナが『ヴォーグ』を発表したことで、一躍世界的に知られるダンサー兼振付師となります。
ジャン・ポール・ゴルチエのショーに登場したり、ジャネット・ジャクソンのMV『オールライト』や『エスカペイド』に出演したりと、文字通り「ヴォーギングの父」として、夢に見た華やかな活躍をみせました。
2006年9月2日、AIDSにより45歳で死去しています。
6. アンジー・エクストラヴァガンザ(Angie Xtravaganza)
「ハウス・オブ・エクストラヴァガンザ」の堂々たるマザーとしてインタビューに答えているのがアンジー・エクストラヴァガンザです。
1964年、ニューヨーク生まれ。「ハウス・オブ・エクストラヴァガンザ」創設当時からのメンバーです。1982年にマザーとなってから、1993年にAIDSで亡くなるまで、多くの恵まれない子どもたちの面倒を見続けたほか、ニューヨークのストリート・カルチャーに多大な影響を与える存在でした。
本作が公開された当時、「ハウス・オブ・エクストラヴァガンザ」はボール・シーン初のラテン系ハウスとしてすでに創設10年を迎えていましたが、2022年現在もハウスは継続しています。
7. フレディ・ペンデイヴィス(Freddie Pendavis)
映画の中で、ひょうひょうと万引きを語るまだあどけない少年がフレディ・ペンデイヴィスです。
1975年生まれで、「ハウス・オブ・ペンデイヴィス」のメンバーとして今も現役。俳優としても活動しており、出演作にはヴィン・ディーゼル主演の1997年の映画『ストレイ・ドッグ』があります。
2019年には有名ドラァグクイーンのモネ・エクスチェンジがホストを務めるトークショー『ザ・Xチェンジ・レイト』に出演しました。
LGBTQの盛り上がりとともに再び注目される『パリ、夜は眠らない。』
残念ながら、本ドキュメンタリーの撮影・公開の時期と重なって蔓延していたAIDSによって、その後、多数のキャストが死去。そんな中、今も継続している「ハウス」もあります。
また、本作とドラマ『POSE/ポーズ』や『ル・ポールのドラァグ・レース』は、切り離して観ることのできない作品だということもわかっていただけたのではないでしょうか。
近年、LGBTQの社会的立場の向上や権利拡大、またル・ポールらの活躍によってドラァグ・カルチャーが注目され、本作にも再び関心が集まっています。
『パリ、夜は眠らない。』は、2016年、アメリカ国立フィルム登録簿に新規登録されました。
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